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盛岡地方裁判所 昭和42年(ワ)128号 判決 1969年7月24日

原告 小原隆根 外二九名

被告 株式会社東北銀行

主文

被告は、原告らに対し、それぞれ別紙第一、第二目録「控除額」欄記載の各金員およびこれに対する昭和四二年六月一一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一申立

原告らは、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの連帯負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一  被告は、盛岡市に本店を持つ普通銀行業務を目的とする株式会社である。

二  原告らは、それぞれ昭和二五年ないし同三八年に被告に雇傭され、爾来従業員として被告の業務に従事しており、かつ被告の従業員をもつて組織する東北銀行労働組合(以下、単に組合という)の組合員である。

三  被告と組合との間で、昭和四〇年六月一六日、(一)被告は各組合員に対し、その本給および家族手当の(二)の支払日における一、八月分相当額を臨時給与として支給する。(二)右臨時給与の支払日は、同月二一日とする旨の協定(以下、第一次協定という)を締結し、ついで、昭和四一年三月七日、(一)被告は各組合員に対し、(二)の支払日におけるその本給および家族手当の一、一月分相当額を臨時給与として支給する。(二)右臨時給与の支払日は同月一〇日とする旨の協定(以下、第二次協定という)を締結した。

原告らは、いずれも右各協定の効力を受ける者である。

四  しかして、原告ら(但し、穀田、鈴木を除く。)の第一次協定による支払日当日(昭和四〇年六月二一日)の本給および家族手当の一、八月分相当額は、別紙第一目録「臨時給与額」欄記載のとおりであるが、被告は、右原告らに対し、同目録「支給額」欄記載の金員を支払つたのみで、残額である同目類「控除額」欄記載の金員を支払わない。また、原告穀田、同鈴木の第二次協定による支払日当日(昭和四一年三月一〇日)の本給および家族手当の一、一月分相当額は、別紙第二目録「臨時給与額」欄記載のとおりであるが、被告は、右原告らに対し、同目録「支給額」欄記載の金員を支払つたのみで、残額である同目録「控除額」欄記載の金員を支払わない。

五  よつて、原告ら(但し、穀田、鈴木を除く。)は、第一次協定の効力として、原告穀田、同鈴木は第二次協定の効力として、それぞれ別紙第一、第二目録の「控除額」欄記載の各金員およびこれに対する訴状送達の翌日(昭和四二年六月一一日)から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁

一  認否

請求原因事実はすべて認める。

二  被告の主張

1  被告は、昭和四〇年二月二三日「創業一五周年記念預金増強運動」(以下、一五運動という)の宣伝を兼ねて、被告の全従業員に対し、業務命令としてネームプレートの着用を命じた。これに対して大部分の従業員は直ちにこれに服してネームプレートを着用したが、一部の者のみ着用しなかつたので、被告は再三にわたり着用するよう勧告した。しかして、昭和四〇年五月一七日現在で着用しない者は、原告ら(但し穀田、鈴木を除く。)を含めて五三名であつた。

2  被告は、昭和四〇年五月三一日、原告ら(但し、穀田、鈴木を除く。)の右着用拒否は就業規則第四五条第三項にいわゆる「綱紀を紊り、不都合な行為があつた場合」にあたるものとして、懲戒処分として同規則第四四条第六号により、右原告らが第一次協定により支給さるべき臨時給与の三〇パーセントを減額する処分をなし、同日ないしその二日後に、その旨右原告らに通知した。また、右処分後の同年一〇月頃に至り原告穀田が、同年一一月五日頃に至り同鈴木がネームプレートの着用を拒否したので、被告は、昭和四一年三月八日、右両名を他の原告らと同様の理由により、右両名が第二次協定により支給さるべき臨時給与の三〇パーセントを減額する処分をなし、同日その旨右原告らに通知した。

3  しかして、右減額高は、原告らが本訴において支払を求める各元金の額と同額であるから、被告には右金員支払の義務がない。

第四被告の右主張に対する原告らの答弁

一  認否

1のうち大部分の従業員が被告主張の業務命令に服して直ちにネームプレートを着用したとの事実は争うがその余の事実は認める。一部の者は直ちに着用したが、大部分の者は着用を拒否したのである。2の事実はすべて認める。3のうち金員支払義務がないとの主張は争うがその余の事実は認める。

二  原告らの主張

1  被告のなした懲戒処分は、後記理由により無効である。原告らにおいて、懲戒処分の対象となつた団体行動をとるに至つた経緯は次のとおりである。

他産業と同様に、金融機関の職場においても合理化が進行しているが、被告においても、昭和三七年七月には「全店得意先制」が設けられ、また、同三八年五月には「本店新築準備委員会」および「本店業務合理化委員会」が設置され、さらにこの二者は、同三九年四月には全面的な合理化委員会となるに至つた。このような動きの中で一五運動が登場したのである。すなわち被告は、昭和四〇年二月に、一五運動の促進方策(創業一五周年記念預金増強運動促進方策)なるものを発表した。右の促進方策には、ネームプレートの着用実施、預金増強運動および日常業務の強力な推進のための推進委員制度の強化、マイクロバスの購入、朝礼の完全励行、全員外交などが含まれている。これらは、労働強化など組合員の労働条件に変化をもたらすことを予測させるものであり、その理由を、右各項目について述べれば次のとおりである。

(一) ネームプレートの着用

一般にネームプレートの着用はモニター制と結びついているといわれており、組合員は覆面のモニターによつて四六時中監視される状態で労働することを余儀なくされることになり、組合員としては看過しえない問題である。

(二) 推進委員制度

推進委員はネームプレートの着用強制や朝礼の実行など「一五運動」を職場で実行する責任をもたせられ、組合の反対斗争を切り崩す役割を果した。

(三) マイクロバスの購入

マイクロバスを購入しても、運転手を増員しない場合には、運転手の労働強化となるので、増員するかどうかに問題があつた。

(四) 朝礼の完全励行

「一五運動」以前にも、一部支店において朝礼が行われたが、組合の反対によつて廃止状態になつていた。組合が反対したのは、事実上二〇分ないし三〇分の早出出勤を余儀なくされるからである。

(五) 全員外交

全員外交ということで、内部事務担当者は日常業務のほかに外交しなければならず、労働強化になるのは明らかであつた。

そこで組合は、同年二月一九日第三回斗争委員会を開催し、同委員会において、ネームプレート着用問題は、労使協議会の協議事項であるから、まず銀行と協議し、その後に協議のさいの被告の説明と組合執行部の考えを組合員に明示し、下部討議をしてから組合の態度を決定するという方針のもとに、具体的戦術としてはネームプレートを着用しないとの方針を決定し各組合員に指示した。この段階で組合がつかんでいた情報では、被告は三月一日から着用を予定しているということであつたが、二月二〇日、被告が同月二三日から着用を計画しているとの情報を得たので、同日、被告に対し労使協議会の開催を申し入れ、さらに、同月二二日(月曜日)緊急に第一〇回常任斗争委員会を開催し、第三回斗争委員会の決定を再確認したうえ、被告に対し(1)協議をすること、(2)着用を強要しないことを申入れることを決定し、直ちに、二回目の労使協議会開催の申入れをした。ところが被告は、右申し入れに応ぜず、同月二三日から一方的に着用を強要したのである。組合は、これに対し、ネームプレート着用問題は、前記のように組合員の労働条件に悪影響を及ぼす虞があり、労使協議会の協議事項であるのみならず当然団交事項でもあるとして、同月二三日以降、同月二四、二五、二六日、三月二、四、五、六、一五、一七、一九、二二、二四、二九、三〇日、四月一、二、一二、一七、一九、二〇、二一、二二、二三、二四、二六日、五月一、四、六、一二、一三、二〇、二四、二五、二八日と、団体交渉の申し入れをなした(なお、組合は、同年二月二八日に開催された第四回斗争委員会において、第三回斗争委員会の方針を再確認し、被告に対して団体交渉と業務命令の撤回を申し入れている)が、被告は一切これを拒否した(従来、被告は労働条件の改廃などの合理化に関する事項についても団体交渉に応じてきた)のみならず、業務命令をもつて組合員を脅かし、職制、身元保証人、家族、顧客などを動員して「着用しない者は企業破壊者だ」「アカに踊らされるな」「組合は空中分解するぞ」などと宣伝を行い、また、入院中の組合員に対し、病院にまで押しかけて着用を強要するなど組合指令にもとづき着用を拒否する組合員に対し切崩し攻撃を行い、非着用者を三月一三日約二〇〇名、三月末約一三〇名、四月二〇日約九五名、五月一七日には五三名と減少させていつたのである。なお組合は、同年三月七日開催した第五回斗争委員会でネームプレート問題について組合員全員の意見を問うことにし、同月一三日までに全員投票(組合員三三五名中三二五名参加)を行なつたところ、「ネームプレート着用が「業務命令」で強制されてよいと思いますか」との問に対しては「悪い」「ネームプレート着用についてのあなたの意見」との問に対しては「反対」との意見が圧倒的であつた。

2  懲戒処分の無効理由

(一) 被告が懲戒処分の根拠としているのは、原告等の業務命令違反行為であるが、以下述べるように原告等には業務命令違反と評価さるべき事実はない。

(1) 本件業務命令の効力について

本件当時、組合と被告間に締結されていた労働協約第二五条および第二六条によると、労働条件に関する事項は勿論のこと、経営方針並びに営業政策に関する事項、業務の改善、能率の向上に関する事項等も労使協議会の協議事項とされ、また、第五六条によると組合と被告間に紛争を生じ又は生ずるおそれのある場合には必ず労使協議会に附議しなければならないことになつている。したがつて、これらの事項について、組合が協議を求めた場合には、被告は誠意をもつて労使協議会又は団体交渉において協議交渉をしなければならず、且つ、その間は一方的に強行してはならぬ協約上の義務を負担していることになる。本件についていえば、ネームプレートは一五運動の一環であり、且つ、ネームプレート自身前記のような危険な要素を含んでいるのであるから、本来団交事項であるうえ、協約上の協議事項でもあるところ、組合が昭和四〇年二月二〇日および同月二二日に労使協議会の開催を申し入れ、さらにその後引続き団体交渉を申し入れていたのであるから、被告はこの申入れに応じて協議ないし交渉をすべき協約上の具体的な義務が生じ、この義務を履行するまでは業務命令によつてネームプレートの着用を組合員に命じえないのである。したがつて、被告が主張する業務命令は労働協約第二五条、第二六条および第五六条に違反し、何らの効力も有しない。

(2) ネームプレート着用拒否斗争の法的性格について

(イ) 業務命令は絶対的なものではなく、(イ)労働契約、(ロ)就業規則、労働協約、法令、慣行、(ハ)組合活動、(ニ)争議行為によつて制限を受けることは通説的見解である。したがつて仮に、業務命令は適法に成立して、一般的には原告等を拘束しうるにしても、本件の場合、原告等のネームプレート着用拒否行為は争議行為(怠業)と評価することができるから、ネームプレートを着用せよという業務命令は原告等に対し効力をもちえない。

(ロ) 主体の適法性

組合は前記のように昭和四〇年二月一九日開催の第三回斗争委員会においてネームプレート着用拒否の戦術を決定すると同時に、全組合員に対し、ネームプレート着用拒否の指示を出し、原告等はこれに従つたものであるから、原告等の争議行為が主体の面で違法性を帯びる余地はない。

(ハ) 目的の適法性

組合の着用拒否斗争は、被告の団交、協議の拒否、非着用者に対する切崩しによつて、多面的であつた。すなわち、二月二二日までは協約に定める協議の実効を確保しようとすることを主たる目的としていたが、実際に協議、団交要求が無視され業務命令によつて着用が強要されはじめてからは(1)協約無視反対、(2)団交権侵害反対、(3)不当労働行為反対、(4)業務命令撤回等の要求がこれに加わつたのである。このような要求は正当なものであるから、原告等の争議行為は目的の点についても違法性を帯びる余地はない。

(ニ) 方法の適法性

原告等は、被告のネームプレートを着用して就労しろとの業務命令に対しネームプレートの着用は拒否したが、その他は平常通り就労していたのであり、ネームプレートの不着用というごく部分的な労務の不提供があるに止まるのである。いうまでもなくストライキの場合には全面的な労務の不提供が適法とされているが、ネームプレートの不着用という行為も組合の統制のもとに使用者の業務命令を排除するという点において、ストライキと本質的には異なる点はないのであるから、その適法性については疑問の余地はない。

(ホ) 以上述べたように原告等の行為は適法なものであるが、このネームプレート不着用という行為を従来の争議行為の分類方法によつて理解するとすれば怠業と評価しうるであろう。

(二) 原告らの着用拒否斗争は、前記斗争の経緯に照らして明らかなように単に恣意的に行われたものではなく、労働条件の維持を目的とし、組合機関の決定に従い組合活動として行われたものであつて、被告が、かかる原告らの行動を問責して懲戒処分を行つたのは労働組合法第七条第一号に違反し無効である。

第五原告らの右主張に対する被告の答弁

一  認否

1のうち原告ら主張のころ合理化委員会が設置されたこと、原告ら主張のころ一五運動促進方策なるものが発表され、その内容には原告ら主張の項目があること、ネームプレート着用問題に関し組合と団体交渉ならびに協議をしなかつたこと(但し、他の事項についての団体交渉の席上で話合つた)、組合から被告に対し団体交渉と業務命令の撤回の申入れがあつたこと(原告ら主張の日時、回数を除く)、原告ら主張の各日時に非着用者が減少していつたこと(但し、数の明細はわからない)は認める。第三回斗争委員会の開催、決定された方針の内容、組合員への指示および内容、第四回斗争委員会における決議、組合からの団交、協議の申入れの日時、回数、第五回斗争委員会の開催、決定の内容、右決定に基づいて実施されたという全員投票の結果は不知。その余は争う。

2の(一)の(1)のうち労働協約第二五条、第二六条、第五六条が、原告主張のような内容であること、ネームプレート着用が一五運動の一環であること、団体交渉の申入れがあつたことは認める。その余は争う。同(2)のうち第三回斗争委員会に関する点については不知。その余は争う。同(二)は争う。

二  被告の反論

1  原告ら主張1のうち一五運動が労働強化など組合員の労働条件を変更するものであるとの主張に対する反論(各項目について)

(一) ネームプレートの着用 接客業務を主とする金融機関においては、従業員が顧客へのサービスをはかるためネームプレートを着用して自己の職責を明らかにし、日常業務の運営を円滑ならしめることは必要なことであり、被告は一五運動の宣伝を兼ねてこれを実施することにしたものである。ネームプレートの着用については既に他の銀行等においては実施済のものであり、何ら労働強化を伴うものではない。

(二) 推進委員制度 推進委員制度は昭和三五年以来実施されていたものであり、従来は各支店長の任命制であつたため、推進委員会の統一運営に欠ける点があつたのでこれを本部任命制にあらためたものである。

(三) マイクロバスの購入 被告の宣伝活動の一環として昭和四〇年三月一二日購入したが、これは各支店を巡回し、広報宣伝のため使用する趣旨のものであつた。

(四) 朝礼の完全励行 朝礼は昭和三九年四月ころより実施し、職員間の朝の挨拶をかね業務開始の準備として諸連絡事項の徹底を期していたものであるが、各部店において実施状況がまちまちであつたので、これが統一実施をはかつたものである。

(五) 全員外交 およそ銀行員としては、全員が常に預金獲得のため顧客に働きかける心構えでいなければならないことは当然である。これを特に全員外交というキヤツチフレーズを用いたのは昭和三七年以降のことである。

以上のように一五運動の促進方策として掲げられた各項目は、銀行業務の一環として日常行われていることを標語化したに過ぎず、労働条件を変更するものではない。なお、創業何年かを記念して預金増強運動を行うことは、他の銀行においても普通行われているところであり、最近の例では岩手銀行において「みなさまと共に三五年」のキヤツチフレーズのもとに三五周年記念運動を、また日本勧業銀行では「ばらの勧銀」の名のもとに創立七〇周年記念運動を展開している。

2(一)  同2の(一)の(1)に対する反論

労働協約二五条、二六条は経営方針の決定、業務の管理運営に関するすべての事項について、労使協議の対象とすることを使用者に義務づけたものではない。

団体交渉事項と労使協議事項を截然と区別することは困難で、両者は相交錯した分野を有するものと考えられるが、抽象的にはその機能面から団体交渉は労使間において利害の対立する問題を処理することを目的とする制度であり、労使協議制は労使間において利害の共通する問題について話し合うことを目的とする制度であるといえよう。

しかし、団交事項と労使協議事項は、その機能は異なるにせよ労働条件の維持改善のため設けられたもので、労働条件とは無関係に労働者に経営参加の権能を認めたものではないことに注目しなければならない。

一五運動のようにその名称こそもつともらしいが、内容的に銀行の日常業務である預金増強運動の一環に過ぎない事項は、本来団交事項ないし労使協議事項となるものではない。

これを本件ネームプレートについて考慮すると、ネームプレートの着用は金融機関のみならず、渉外事務を伴う会社官庁においても常識化されており、プレートの着用そのものは何らの労働強化をも伴うものでないことは前記のとおりである。労組が当時着用反対の事由としてあげている事項は、すべて理由のないもので、労働者がその職場にふさわしい服装態度をもつて勤務にあたるべきことは雇傭契約に基く労務提供義務の本趣旨から当然のことといわなければならない。また監視労働につながるという主張は、被告のような小規模地方銀行の場合全く意味のないことで、プレートをつけなければ上司が部下職員を掌握できないような大組織の職場とは程遠いのである(ちなみに昭和四〇年三月末現在の被告職員数は三九三名支店数二二、支店人員中最多数は釜石支店の二三名、最少は紫波支店の六名であつた)。

プレートは個人の姓の上に一五運動とあるところからも明らかなように、一五運動の宣伝と職責を明確化することをはかつたもので、その着用は勿論職場内におけるもので、これに対する反対は常識外のものであつた。

労働協約五六条による労使協議会への付議は、平和条項として、労使が争議を回避して円満解決をする手段として設けられたものである。ところでプレート着用拒否が争議行為につながることの認識は当時原被告になかつた。けだしそのころ原告らの組合から争議行為に入る旨の通告もなく、数次の交渉の際(他の事項についての団交の際本件問題についても付議されている)にも争議行為としてプレート着用拒否をする旨の意思表示はなかつたものである(協約五八条)。また組合の大会においてプレート着用反対について争議行為に入る旨の決議もされていない(組合規約二六条第八号参照)。

(二)  同(2)に対する反論

(1) ネームプレート着用拒否は争議行為としての意思表示のもとになされたものではなく、かりに争議行為と評価し得るとしてもその正当性に欠けるものである。またネームプレート着用の業務命令は法令、就業規則、労働協約に反するものではないし、原告らの理由なき反対行為によつて無効となる理由はない。

(2) 組合の斗争方針として統一的に着用拒否の指令が出ていたかどうかについては疑問である。現に処分時着用していなかつたのは一部の組合員に過ぎず、大部分の者は着用していたのであつて、これに対する組合内部の統制違反の問題も生じていない。

(3) ネームプレートの着用拒否は既に述べたように、正当な理由のないものであるから、仮に争議行為と評価し得るとしても、正当性がない。

(4) ネームプレート着用は現在の銀行業務からみて、極めて常識的なものであり、原告らは本件業務命令によつて形成された経営秩序に背反し、長期間にわたつて、被告の勧告を無視し着用を拒否し続けたものであつて、本件懲戒処分は止むを得ないものであつた。

(5) ネームプレート着用拒否を争議行為としての怠業と評価することは疑問である。けだし怠業とは何らかの方法で経営能率を低下させ、経営者に打撃を与える行為と解されるが、プレートの不着用によつて規律違反の問題こそ生ずるものの銀行本来の業務は何ら停滞することはないのである。また組合大会による決議のない以上機関決定による争議行為とはいえない。かりに争議行為の怠業として評価されるとしても、正当性のないこと前述したとおりである。

三  被告の主張

1  労働組合の団体交渉権は、労働者の地位の向上、労働条件の維持改善に関する事項について認められるものであつて無制限に経営干渉にわたる事項についてまで容認されるべきものではない。若しも原告らの主張どおりとするならば日常の経営方針、事務様式、人事配置などの異動、変更についても、組合の同意が得られなければ実施不可能となるが、これは明らかに経営権の侵犯であつて、労働者は雇傭契約によつて使用従属関係に服する以上、合意によつて定められた労働条件の変更されない限り、経営者の労務指揮に服すべきものである。

この点被告はネームプレートについては団交事項として特に取上げることはしなかつたが、他の事項については正常に団交を重ねており、その機会に組合の納得を得るべき話合を続けていたのであるが、けだし当を得た処置であつた。

2  ネームプレートの着用自体が労働条件の変更にあたるという原告ら主張は、如何なる角度からみても否定せざるを得ないものであつて、このような具体的労働条件と無関係な事項が、一方的に取上げられて争議行為の対象となるものであれば、すべての銀行業務は組合の意思如何によつて左右されることになる。プレートの着用によつて何ら日常労務の提供に変動を来すことはないのである。

一歩譲つて若しプレートの着用によつて、副次的に労働強化を生ずるような事態でも発生したときは、その事態をとらえて団交の対象とすべきであろう。本件の場合当時そのような事態の発生もなかつたし、又着用後四年を経過した今日でも何らプレート着用によつて生じた労働条件の変更はない。

3  原告らの本件着用拒否は正当な理由のない規律違反行為として把握されるべきものであつて、争議行為として認めることは困難である。

しかし、かりに広義に争議行為としてとらえることが可能としても、以上述べたとおり正当性に欠けるものであるから、労組法七条による救済の対象とはならないものである。

第六証拠関係<省略>

理由

一  次の事実は当事者間に争いがない。

被告は盛岡市に本店を持つ普通銀行業務を目的とする株式会社であり、原告らは、それぞれ昭和二五年ないし同三八年に被告に雇傭され、爾来従業員として被告の業務に従事し、かつ被告の従業員をもつて組織する東北銀行労働組合の組合員である。被告と組合とは昭和四〇年六月一六日に請求原因第三項記載の第一次協定を、昭和四一年三月七日に、同第二次協定をそれぞれ締結した。原告らは、いずれも右各協定の効力を受ける者であつて、原告ら(但し、穀田、鈴木を除く。)の第一次協定による支払日当日(昭和四〇年六月二一日)の本給および家族手当の一、八月分相当額は別紙第一目録「臨時給与額」欄記載のとおりであり、原告穀田、同鈴木の第二次協定による支払日当日(昭和四一年三月一〇日)の本給および家族手当の一、一カ月分相当額は別紙第二目録「臨時給与額」欄記載のとおりである。ところで被告は、昭和四〇年二月二三日より、一五運動の宣伝を兼ねて被告の全従業員に対し業務命令としてネームプレートの着用を命じたが、被告の再三にわたる着用の勧告にもかかわらず依然これを着用しない従業員があるので、被告は同年五月一〇日ごろ最終的に同月一六日まで着用するよう勧告したうえ(勧告の事実は、証人佐藤真一、同相沢正敏の証言により認めることができる。)、同月三一日、同年五月一七日現在で着用しない原告ら(但し、穀田、鈴木を除く)を含む五三名に対し、右着用拒否は就現規則第四五条第三項にいわゆる「綱紀を紊り不都合な行為があつた場合」にあたるとして同規則第四四条第六号により、右原告らが第一次協定により支給さるべき臨時給与の三〇パーセントを減額する旨の懲戒処分(賞与減額)をなし、同日ないしその二日後にその旨右原告らに通知した。右処分後の同年一〇月頃から原告穀田が、同年一一月五日頃から同鈴木が、いずれもネームプレートの着用を拒否するに至つたので、被告は、昭和四一年三月八日右両名を前記同様の理由により、右原告らが第二次協定により支給さるべき臨時給与の三〇パーセントを減額する旨の懲戒処分(賞与減額)をなし、即日その旨右原告らに通知した。被告は、原告ら(但し、穀田、鈴木を除く)に対し、第一次協定による臨時給与の支払日である昭和四〇年六月二一日に、右懲戒処分に基づき前記臨時給与のうち別紙第一目録「支給額」欄記載の金員を支払つたのみで残額である同目録「控除額」欄記載の金員を支払わなかつた。また、被告は、原告穀田、同鈴木に対し、第二次協定による臨時給与の支払日である昭和四一年三月一〇日に右懲戒処分に基づき前記臨時給与のうち別紙第二目録「支給額」欄記載の金員を支払つたのみで残額である同目録「控除額」欄記載の金員を支払わなかつた。

二  右事実によれば、被告において、本訴請求にかかる金員を支払わないのは、前記懲戒処分を根拠とするものであり、右懲戒処分はネームプレートの着用を命ずる業務命令に違背したことを理由とするのであるから、次に、右業務命令の効力について判断する。

1  組合と被告間に締結されている労働協約には、労使協議会の協議事項として「業務の改善、能率の向上に関する事項」(協約二五条一号)が掲げられていることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第二号証、乙第一二ないし第一四号証、第二六号証の三、証人古川清、同佐藤真一、同相沢正敏の証言によれば、被告においてネームプレートの着用を実施することとなつたのは、一五運動の宣伝と従業員の一五運動に対する覚醒もさることながら、顧客へのサービス、顧客の銀行および銀行員に対する信頼感、親密感の醸成、従業員の自己の職責に対する自覚を促すなどの目的であつたことが認められ、また、証人相沢正敏、同大釜洋之の証言によると、一五運動終了後もネームプレート(但し、名前の上の一五運動とある文字(乙第一二ないし第一四号証参照)に代え被告銀行のマークを入れたもの)を着用し、ネームプレートの着用が恒常化していることが認められる。以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告はネームプレートの着用により、顧客の信用の維持、獲得を目ざし、従業員の服務規律の改善を意図し、もつて、業務の改善、能率の向上をはかろうとしたことは明らかであり、加えて、後記のように、金融機関においてはネームプレートの着用が普及していることにかんがみれば、ネームプレートの着用に右のような効用のあることを推認することができる。してみれば、ネームプレートの着用が前記労使協議会の協議事項たる「業務の改善、能率の向上に関する事項」に該当することは疑いないところといわねばならない。

被告は、協議事項も団交事項と同様労働条件の維持改善のために設けられたものであつて、労働条件とは無関係に労働者に経営参加の権能を認めたものではないと主張するのであるが、協議事項は団交事項とは異なつて被告が主張するところの経営参加の権能を認めたところにその存在意義を有するものである(協約二二条参照)のみならず、ネームプレートの着用実施が、一五運動の一環としてその促進方策に盛り込まれていることは当事者間に争いがないところ、右一五運動の促進方策なるものは、以下に説示のとおり、従業員の労働強化をもたらし、また、ネームプレートの着用自体も、労働条件の変更にあたらないと断言することができないものである。すなわち、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第九号証、第一三証、第一六号証、乙第一五ないし第二〇号証、第二二、第二三号証、証人平田貞治郎の証言により成立を認める甲第二〇、第二一号証、第二二号証の一、原告浅沼大生の証言により成立を認める甲第二九号証、証人平田貞治郎、同古川清、同箱崎安弘、同佐藤真一、同大釜洋之、同相沢正敏の各証言、原告小原隆根、同浅沼大生各本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

金融機関の一般的傾向として、金融機関の経営が主として資金量を中心とする業務の拡大に重点がおかれてきた結果、資金の獲得、融資先の確保などで競争を激化させている一方、各種の預金増強運動は過大な預金増強目標をたて、その目標達成のために個人割当制或いは店舗割当制等従業員の労働強化を招きやすい預金獲得の方策を用いている。ところで、被告は、一五運動以前にも、一〇周年記念預金増強運動、本店新築記念預金増強運動(昭和三七年ないし同三八年)を立案実行してきたものであるが、昭和三八年一〇月一日からは一五運動が開始された。右一五運動は、同日から昭和四〇年三月三一日までを前期、同年四月一日から同四一年九月三一日までを後期とするもので、一五運動の増強目標は、被告銀行が昭和二五年に創立された新進の銀行で、当時一人当り預金残高は地方銀行の平均以下であつたため、地方銀行の平均預金残高を目標に、昭和四〇年末残高二〇〇億円、ならびに昭和四一年上期平残二〇〇億円の達成におかれた。昭和四〇年二月に、一五運動前期の実績をもとに、右目標完遂のため、一〇項目からなる一五運動の推進方策がたてられたが、その内容は、ネームプレートの着用実施のほか、預金増強運動および日常業務の強力な推進のための推進委員制度の強化(本部任命制にする)、マイクロバスの購入、朝礼の完全実施、全員外交等であつた(推進方策の内容については当事者間に争いがない)。全員外交、個人割当制は一五運動の当初から実施されていたものであるが、右全員外交、個人割当制を効率的に実施できるように、携帯用証書を各人宛一冊(三〇万円綴り)配布し、右割当を消化する努力をすることが期待され、事実上労働密度を高めていたものであり、これがさらに標語化され、推進委員制度の強化と相俟つて一段と労働強化に拍車をかけることが懸念された。また、朝礼の完全励行も、従来一部支店において実施されていたものではあるが、従来店内会議(時間外手当を支給される時間外になされていたもの)にかけられていた内容のものまで朝礼の席上でなされるという朝礼の質的な充足により、二〇分程度の早出出勤を常態化させて労働強化をもたらす虞があつた。

以上の事実が認められ、証人古川清、同佐藤真一、同相沢正敏の証言のうち右認定に反する部分は信用し難く、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。そしてまた、被告がネームプレートをモニター制に結びつける意図を有することについてはこれを認めるに足りる証拠はないが、成立に争いのない甲第三ないし第五号証、第一四、第一五号証、乙第二六号証の三、証人平田貞治郎の証言、原告浅沼大生本人尋問の結果によれば、ネームプレートがモニター制を媒介とするあらたな労務管理に結びつく可能性がないとはいえず、また、被告は、ネームプレート紛失の場合、始末書をとることを明らかにしていたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実を勘案し検討すると、ネームプレートの着用は、賃金や労働時間の変更とは異なり、これにより労働者の待遇が良くなつたり悪くなつたりするものでないから、考えようによつては、右着用は労働条件の内容をなすものでないといえるかも知れないが、右着用は労働者が勤務時間中遵守すべき事項であり、これを着用しないときは不利な処分を受けるおそれのあるものであるから、労働時間や労務内容と同じように、労働者がその労務の提供において守らなければならない条件、すなわち労働条件の一つであると解するのが妥当である。そして、ネームプレートの着用は労働強化を伴いがちな預金増強運動である一五運動の一環としてなされたものである点を併せ考えるならば、ネームプレート着用の問題は、「業務の改善、能率の向上に関する事項」を協議事項の一つとする労使協議会において協議すべき事項に該当すると解するのが相当である。

被告は、金融機関のみならず、渉外事務を伴う会社官庁においては、ネームプレートの着用が常識化しており、労働者がその職場にふさわしい服装態度をもつて勤務にあたるべきことは雇傭契約に基づく労務提供義務の本旨から当然であると主張し、証人佐藤真一、同古川清、同相沢正敏の証言によれば、金融機関において、ネームプレートを着用することが最近において大分普及していることが認められる。そして、ネームプレート着用の効果が前記判示のようなものであるなら、銀行の従業員がこれを着用して勤務することはそれ自体結構なことと言えるであろう。しかし、そうだからといつて、労働組合がその着用問題を取り上げ、協議ないし団体交渉を求めている場合において、自ら労働協約において「業務の改善、能率の向上に関する事項」を協議すべき旨約束している銀行が、右労働組合の要求を無視してよいということにはならない。

以上のようなわけで、ネームプレート着用の問題は労使協議会の協議事項に該当するというべきである。

2  しかるところ、成立に争いのない甲第五、第六号証、第一七号証の一ないし二九、原告浅沼大生本人尋問の結果により成立を認める甲第二六号証、証人佐藤真一、同相沢正敏の証言、原告小原隆根、同浅沼大生各本人尋問の結果によれば、組合は被告に対し、ネームプレート着用問題は労働条件の変更をもたらす虞があり労使協議事項であるばかりでなく、団交事項であるとして、昭和四〇年二月二〇日、二二日の両日労使協議会の開催を、同年二月二三日、二四日、二五日、二六日、三月二日、四日、五日、六日、一五日、一七日、一九日、二二日、二四日、二九日、三〇日、四月一日、二日、一二日、一七日、一九日、二〇日、二一日、二二日、二三日、二四日、二六日、五月一日、四日、六日、一二日、一三日、二〇日、二四日、二五日、二八日、団体交渉の開催をそれぞれ申し入れたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、銀行はこれに対し、ネームプレートの着用は労働条件に関せず、したがつて労使協議事項でも団交事項でもないとして右申し入れを拒否し、ネームプレート着用問題に関し、労使協議会、団体交渉のいずれも開かれなかつたことは当事者間に争いがない。もつとも、前記乙第二六号証の三、証人佐藤真一、同相沢正敏の証言、原告小原隆根本人尋問の結果によれば、同年三月六日に開かれた臨時給与に関する団体交渉の際、ネームプレートの着用の効果、モニター制との関連、一五運動終了後もネームプレートを着用するか否か、始末書をとる目的、ネームプレートが業務命令か否かについて銀行側が組合の質問に答えていることが認められる。しかしながら、協議するとは、単に組合の質疑に対する応答を意味するものではなく、組合側の意見を徴することは勿論、社会通念上妥当と認められる程度の論議を尽すことを予定したもの(合意に達することは必要でない)というべきであるから、本件の場合には、協議を尽したとは到底認め難い。

3  そこで、労使協議会の協議事項に該当するのに、組合からの労使協議会開催の申入れを拒否し、何ら協議をなさずしてなされた業務命令の効力について考えるに、申入れ事項が、労働条件の変更に関する場合は、協約中の協議条項は、使用者が業務命令を発する場合に従わなければならない準則として機能し、これに反する業務命令は無効であると解するのが相当である。そして、ネームプレートの着用は労働条件の変更(本件の場合は新たな条件の設定)に該当すること前記判断のとおりである。してみると、本件業務命令は無効といわなければならない。

三  右のように、業務命令は無効であるから、これに違背したことを理由として(具体的には就業規則第四五条第三項にあたるとして)なされた本件懲戒処分は無効であるといわなければならない。

したがつて、被告は原告らに対しそれぞれ別紙第一目録「控除額」欄記載(原告穀田、同鈴木を除く原告らについて)および別紙第二目録「控除額」欄記載(原告穀田、同鈴木について)の各金員およびこれに対する訴状送達の翌日であることが記録によつて明らかな昭和四二年六月一一日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用につき、民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川良雄 田辺康次 佐々木寅男)

(別紙省略)

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